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第十話  猫正月
 なんだかんだと、僕の2003年終盤は3か月に渡る入院生活で大いに予定が狂い、 今もこの原稿を病院のベッドの上で書いている有り様だ。 もっとも自分が目指す人並み以下の回復までカラダのことだけ考えていればイイわけで、 ある意味ぐ〜たら生活の究極をいくようなものなのだが、 とは言えこれでも結構生真面目にリハビリテーションに励む毎日である。ふぅ〜。
 ところで、病床でこの連載のため猫についてつらつら考えてみても、 どうやら我が身の上に照らし合わせてしまうのだろう。 猫の1日とは、そのままぐ〜たらにして優雅なリハビリテーションの姿なのではなかろうか。 つまり僕は、愛すべき猫たちがひねもす懲りもせずに続ける毛づくろいとは、 彼や彼女たちにとっての全身リハビリテーションに違いない、と思っちゃったワケなのである。 以前にも書いたが、猫はその家の最良環境のどこかしら特等席を必ず見つけ、 家人の「きゃ〜、そんなとこで毛づくろいされたら毛だらけになっちゃうワヨ」などのヒンシュク またはタメイキをもたらすのであるが、もちろん猫はそんなコトぁ〜知ったこっちゃなく、 いつ終わるともない一見偏執的にさえ見えるほどしつこい毛づくろい動作が繰り返されるワケだ。 で、結論なのだが、猫たちがリハビリしてるか食べてるか、さもなきゃ眠りこけているあの姿を思い出すと、 いよいよ僕自身の猫化も今回の入院生活で本格的になっちゃったのか、とも思う。
 申し訳程度のリハビリの他は、僕が過ごしているのはいわゆる「寝正月」なのであり、 考えてみると「寝正月とは「猫正月」のコトなのではあるまいか。 その昔、童謡唱歌の歌詞の通りにコタツに入って丸くなっていた子供時代の実家の飼い猫は、 30分ほどに1度必ずコタツの縁から息も絶え絶えの様子で這い出て来るのだった。 そう。その時代の実家の掘りごたつはくり抜いた床の底に炭火を入れるタイプのモノだった。 ぐ〜たらに、ただ暖かけりゃイイというので見つけた特等席。 コタツの内部に入り込んでは、その度に酸欠状態で死にそうなフリして出てくるマヌケさも、 ひょっとすると猫の魅力の1つかも知れない。 あ! そのマヌケさって、自分にも身に覚えがあるタイプのモノなんだよネェ〜。
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