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第七話  猫好きの女たち
  酒席か何かで不意に話題が猫に及ぶことがある。 しかし、会話の相手が猫好きの女性である場合、気をつけなくてはならない。 決まって会話は大いに盛り上がり、我が愛猫のつまらぬ自慢話にも親身になって耳を傾けてくれ、 その愛猫がつい最近死んだのだという嘆息混じりの思い出に耽る頃には、彼女も一緒に涙腺をゆるめて寂しさを共有してくれる。 偶然にも彼女もまた、数年前に愛猫を亡くしているのだった。
  お互いが猫という高貴で怠惰な生き物に心酔しつつ、その切なくも優しい記憶をさかのぼっていくのは、 ゆっくりと時間が流れるジャズバーか何かの片隅での会話にふさわしい。 それぞれが中空に視線を浮かべ、遙かな場所に去っていってしまった猫の姿を追い掛けている。
「ああ、猫ってやっぱりイイよね」
  僕の溜め息は、だからこそ2度とあの辛い別れを経験したくなくて、 新たに猫を飼う気になれないというハナシに落ち着く。
「何歳まで生きたんですか?」
  女性が最後にこう尋ねる。
「結構長生きでネ。18歳だったから、最期はほとんど老衰です」
  女性はしきりに肯きながら、長寿を全うした我が愛猫と僕との生活を祝福してくれている様子だった。
「ウチの子もそこそこ長生きで、22年間も生きました」
  僕には返す言葉もなく、 その夜の長い愛猫自慢話の一切合切が音を立てて崩れ落ちるかのような気分となったのである。なぜなんだろう。 死んだ愛猫が哀れ、僕自身がみじめにさえ思われるのであった。女性に猫の長生き自慢のつもりはまるでなかったのだろうが、 ハッキリと数字が示されたのだから、やっぱり彼女の勝ちなのだった。 それ以降、僕はその女性と猫に関するハナシをしたいとは思わなくなったのだが、向こうは猫好きを見越して会う度に猫の話題を持ち出すのだった。 それも、今はいない記憶の中の猫のことなのである。
  それはそうと、酒席やネット上での会話で同様の経験を僕は何度もして、 いちばん口惜しい思いをしたのは、僕の猫が18歳で逝ったと知った直後に彼女の猫は19歳で逝ったのだと知らされた時だった。 ああ、猫好きの女たちには気をつけなくてはならない。優しくハナシを聞いていてくれている間にも、 ひっそり善意の無神経というコトバの爪が研がれているかも知れないのだ。
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