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第二話  愛に溺れる女
  20年ほど前、知人だった女性に、我が家で生まれたばかりだった子猫3匹のうちの1匹を引き取ってもらった。彼女はまだ若く、目鼻立ちのすっきりとした美貌がデザイン会社でも評判だったのだが、悪い男につかまってしまった。そこに出入りするフリーの妻子持ち中年グラフィックデザイナーと不倫の関係に陥り、僕はしばしば彼女の悩みを打ち明けられる立場になってしまった。会社をやめ、男の個人事務所にスタッフとして入った時点では、彼女に少しばかりの希望があったのかも知れないが、時々事務所の経理係としてやって来る男の妻の存在もあって、いよいよ男とは泥沼の関係になっていく。何よりも彼女を苦しめるのは、男の来ないアパートの夜の孤独だった。彼女にとってその子猫がどれほど孤独をいやしてくれ、ささやかな生活の喜びとなったか。子猫をくれたお礼だと言って彼女がたくさんの土産物を持参した時、僕は彼女にとって不幸せな中年男との関係がその先も長く続きそうな予感を抱いた。持参品の中身は、さすがに彼女自身もデザイナーというだけあって趣味のイイ玄関マットやらクッションのセットなどで、それは僕ら夫婦の暮らしにはいかにも当てはまりそうで、逆に彼女自身の生活の中で実現できない象徴のモノのように見えた。スゴイね、と僕が指摘したのは彼女の両手両腕のすり傷で、それは子猫がじゃれて引っ掻いたものだった。
「ええ。ホントにおイタで困るの。でも、この子にされてもちっとも痛くないワ」
  中年男が猫嫌いで、彼が来ると猫はアパート2階の窓から張り出した屋根の庇に追い出されるのだった。 時には夜通し外に放り出しておくこともあるのだそうだ。よく彼女の元に帰ってくるものだと感心したら、彼女の返事はこうだった。
「ね。この子だけはいつも帰ってきてくれるの」
  その後、彼女とまったく疎遠になった僕は2人のその後の関係についても知らないでいた。 ある夜、下北沢の駅近くで飲んだ帰り、偶然にも彼女と遭遇した。 真っ先に尋ねたのは猫のことで、何かの病気でその1年ほど前に死んでしまったということだった。 「まだ?」と僕が問い直したのは他でもない、あの男との関係についてだった。 身軽になってようやくふっ切れたという返事だった。
  歳月は再び巡り、昨年彼女から突然の電話をもらった。別の律儀な男と結婚し、2人の子持ちだと言う。2人とは猫のことらしい。
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